大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2160号 判決

申請人

佐藤康郎

申請人

渋谷要

右両名代理人

東城守一

<外四名>

被申請人

三井精機工業株式会社

右代表者

多羅尾次郎

右訴訟代理人

松方正広

<外一名>

主文

申請人佐藤康郎の申請を棄却する。

申請人渋谷要が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。

被申請人は申請人渋谷に対し金二九四、八三三円及び昭和三八年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月金一五、二五〇円を仮りに支払え。訴訟費用は、申請人渋谷要と被申請人間においては、被申請人の負担とし、申請人佐藤康郎と被申請人の間においては被申請人について生じた費用の二分の一を申請人佐藤康郎の負担とし、その余は各自の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

第一申請人らと被申請人会社との雇傭関係

一、被申請人会社は肩書地に本社を置き、東京都大田区下丸子町に東京工場を、埼玉県北足立郡桶川町に桶川工場を有し、精密工作機械、精密測定器等の製造を主たる目的とする株式会社であり、申請人佐藤は昭和二六年三月一六日被申請人人会社に雇傭され東京工場に勤務していたもので、申請人渋谷は昭和三五年三月二日被申請人会社に雇傭され東京工場に勤務するいわゆる臨時工である。

ところが申請人佐藤は昭和三六年七月一日、被申請人会社より

「(イ) 昭和三六年六月一〇日以降同月一五日正午迄に至る間、被申請人会社東京工場においてストライキが行われた。

(ロ) 右ストライキがは被申請人会社の就労命令に違反し三井精機労働組合の指令に反するいわゆる山猫争議として違法な争議行為である。

(ハ) 右ストライキにより被申請人会社は甚大な損害を蒙つた。

(ニ) 申請人佐藤は右ストライキの教唆せん動をした指導者である。」

という理由で懲戒解雇の意思表示を受け、また、申請人渋谷は被申請人会社より昭和三六年六月三〇日、雇傭契約更新拒絶の意思表示をうけた。

以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そして、<証拠>によると、申請人佐藤は被申請人会社入社当時東京工場労務課に勤務していたが、その後、冶金課を経て解雇の意思表示を受けた当時倉庫係に勤務していたもので、当時の賃金は月金一九、四〇〇円であることが、また、<証拠>によれば、申請人渋谷は被申請人会社との間に昭和三五年三月二日、雇傭期間を同日より同年六月三〇日迄、就業の場所を東京工場、従事すべき業務は第一製造課機械係(旋盤)、賃金は就業一日に付基本給四八〇円但し遅刻、早退、私用外出は三〇分毎に時間割賃金の二分の一を差引く、就業時間は午前八時一〇分より午後四時一〇分迄とする約定の雇傭契約を結び、更に同年七月一日雇傭期間を三五年一二月三一日迄とし、賃金は就業一日に付基本給五一五円、その他は前の契約と同一の条件を以て再度雇傭期間を同年六月三〇日迄としその他の条件は前の契約と同じ雇傭契約を締結したことが疎明される。

第二申請人佐藤の申請について

一、昭和三六年春闘における争議の経緯

三井精機労働組合は被申請会社に対し昭和三六年三月二四日の経営協議会の席上において、賃金値上要求として組合員平均税込六、五〇〇円、その配分方法として基本給スライド五〇%、一律五〇%、四月より実施するということのほか、企業追求の件、雇員臨時工各制度撤廃の要求をなし、経営協議会において論議折衝をしたが妥結するに至らず、各年四月二七日ストライキ権を確立した上、同年五月一一日団体交渉に入り、五月一八日全員一時間ストを皮切りに二〇日より残業拒否、出張拒否、部分ストを指令して争議状態に入り、更に六月八日無期限全面ストを指令するに至つた、この間、被申請人会社と右組合間の団体交渉は頻繁に行われたが六月九日午後より翌一〇日早朝に及ぶ徹夜の団体交渉の結果、ようやく被申請人会社の

「(イ) 賃金値上、組合員平均税込四、〇〇〇円、配分は定期昇給六〇〇円、一律一、〇五〇円、基本給スライド二、三五〇円とし、内三、三〇〇円については四月より、七〇〇円については一〇月より増額を実施する。

(ロ) 企業追求、社長専任制は小岩井専務を副社長に任命し全権を委ねる。

(ハ) 雇員制度については委員会を設けて審議する、臨時工制度は現行通りとする。」

旨の最終回答に対し右組合執行部がこれを了承したこと、

そして組合執行部は同日午前六時頃、組合員に対し同午前八時以降全面スト並びに部分ストを解除する旨指令すると共にこの旨会社に対し通告をなした上、前記ストライキ解除指令とともに一〇日午後四時半より組合大会を開催する旨組合員に通知したことは当事者間に争いがない。

二、ところで<証拠>によれば被申請人会社本社及び桶川工場に勤務する組合員は全て同年六月一〇日より右組合執行委員会の右全面無期限スト解除の指令に従い、就労するに至つたが、東京工場に勤務する組合員は同月より同月一五日正午までストライキを継続し就労するに至らなかつたことが疎明される。

そこで被申請人会社が東京工場に勤務する組合員の前記ストライキの継続を指導したことを理由に申請人佐藤を解雇したことは当事者間に争いのないところであるから、右ストライキの継続指導は正当な組合活動に該当するか否かについて判断する。

三、昭和三六年六月一〇日より同月一五日までの状況

<証拠>によれば次の事実が疎明される。

(一)  右東京工場に勤務する組合員が前記ストライキを継続するに至つたのは、右組合執行委員会が了承したところの前記会社最終回答は組合桶川地区の提案である企業追求については具体的な点にまで及んでいるのに対し、東京地区の提案である雇員制度については「委員会を設けて審議する、臨時工制度については現行通りとする」という内容のものであつたためで、その経過は概略次のとおりである。

(二)  申請人佐藤をはじめとする東京地区選出の代議員は右回答を不満として同月一〇日早朝より東京工場に勤務する組合員を被申請人会社構内の食堂に参集せしめ、申請人佐藤から団交の経過と被申請人会社の回答について報告を行つた上代議員会としては会社の回答には不満であると述べ、東京地区選出の代議員の方針である「ストライキの続行と組合委員会に対して団交を再開するよう要請する、桶川工場に東京地区代表が行つてこれを訴える」ということについて賛否をはかり、その結果多数の賛成を得たので右集会を解散し、同日午後二時頃申請人佐藤ほか数名の東京工場勤務組合員が桶川工場に赴き、申請人佐藤が同行の他の者を代表して三井精機労働組合執行委員長らに対し「東京工場に勤務する組合員は会社の回答には反対であるから、桶川地区では大会を開かないで貰いたい、執行部の指令には従えない。」等要望、宣言した上、すでに開かれている桶川地区の大会に入場させて貰いたい旨申入れ、右大会に東京地区組合員男子二名、女子(雇員)一名とともに出席し、申請人佐藤ほか二名が発言し、桶川地区も東京地区と共に戦つて貰いたいと訴えた。

翌一一日も申請人佐藤をはじめ東京地区選出の代議員は東京工場内の組合事務所に参集し討議した結果「執行委員会に会社回答を前進させるように要請する、右執行委員会がこれを拒否したとしても東京地区は一二日以降も独自にストライキを継続して行う、日本労働組合総評議会全国金属労働組合に加盟する」という決議をなし、翌一二日申請人佐藤ほか東京地区選出の代議員は、被申請人会社職制らが従業員の出勤時刻頃、掲示板とか録音テープで東京工場に勤務する従業員に対し組合の全面無期限ストライキの指令は解除になつているので、各自、タイムカードに打刻し正常の業務につくよう又タイムカード打刻の妨害をすると正常業務の阻害行為として処罰されるから注意するよう呼びかけているのに対し、ピケを張り又は拡声器で労働歌を高唱して被申請人会社の右録音放送を妨害し、東京工場に勤務する組合員に食堂にそのまま集合するよう説得してタイムカードの打刻を阻止し、その間被申請人会社職制と申請人佐藤らとの間に申請人佐藤らの高音放送による就労妨害等につてい争いがあつたが、そのうちに右従業員はその日もタイムカードに打刻せずに食堂に参集し前記一一日代議員が決議したストライキ継続等の議題についてこれを職場常会に分けて討議した上全員集合し、多数の賛成を得、ストライキ継続ということになり、そのまま解散し組合員は当日も就労せず帰宅するに至つた。

翌一三日も申請人佐藤はじめ東京地区選出の代議員青年部員は午前七時頃より東京工場正門前にピケを張り、被申請人会社の前日同様の放送にも拘らず東京工場に勤務する組合員がそのまま工場内に入門するのを阻止し、組合事務所に連行して六〇名位集ると代議員、青年部員が食堂に誘導して参集せしめ、執行委員長の説明を求めた上拡大代議員を選出等して右集会もそのまま解散し、その後、拡大代議員をまじえ東京地区選出の代議員による代議員会を開き討議した結果「賃金値上の線は了承するが雇員、臨時工制度撤廃については更に前進して団交を開いて貰う」ということを決定した。

翌一四日、申請人佐藤はじめ東京地区選出代議員らは前日と同様の方法で組合員を食堂に参集せして、前日の代議員の決定について賛否を問い、多数の賛成を得たが、当日も就労するに至らず申請人佐藤より執行委員長に右代議員会の決議を伝え、翌一五日はタイムカードに打刻して食堂に入り一二時五〇分より就業するに至つた。

(三)  一方三井精機労働組合の執行委員も東京工場に勤務する組合員の前記行動に対処するため、同年同月一二日、東京工場に集り同工場内組合事務所で執行委員会を開催し討議した結果、「東京工場に勤務する組合員の前記行動は正当なものとはいえないので組合執行委員会としても右行動についての責任を負うことはできない。東京工場に勤務する組合員の行動を一日も早く中止させなければならない。」という結論に達し、そのための方法、更には組合大会を開催するための方策等について討議を行つた結果、東京工場に勤務する組合員が就労のため会社に出勤する際、目につくところに「組合大会が召集されているから右大会に出席するよう」記載された要請文を翌一三日に掲示することを決定したが、一三日には右要請文の掲示は出勤時に実行されず、同日も執行委員全員東京工場に集つて執行委員会を開き、執行委員長より東京工場の食堂に参集している東京工場勤務の組合員に対し団体交渉の経過報告と会社最終回答案を執行委員会で了承した事情の説明をした。翌一四日申請人佐藤は、他の組合員数名とともに執行委員長に面会を求め、且つ執行委員会において六月一〇日より一四日迄の状態とその経過についての報告をすると共に、「会社最終回答のうち賃上の点は了承するが、雇員制度、臨時工制度の問題については納得できないので再度交渉して貰いたい、右自分達の要望をいれて団体交渉を再開してくれるなら執行委員会の指揮下に入る」という申入を行つた。そこで執行委員会は、討議した結果、「臨時工制度、雇員制度の問題についてもう一度被申請人会社と団体交渉を行う。そして桶川地区の大会は開かれなかつたことにして再度会社と団体交渉をした結果改めて大会を同時に召集する、大会での投票方法も東京地区の要望をいれ、賃上、雇員制度、臨時工制度の三問題についてそれぞれ別個の欄をもうけ別々に賛否の投票をすること」を決議し、その旨申請人佐藤に副執行委員長、佐藤利男より電話で通知をした。このようにして執行委員会が被申請会社に再度団体交渉を申入れ、翌一五日団交が再開されるに至つて、東京工場勤務の組合員は同日正午頃より勤務についたものであることが疎明される。申請人の提出援用にかかる疎明中以上に反する部分はいずれも採用しない。

四、そこで、進んで、前記「東京地区」は独立の労働組合の実体を備えているものであるか否かについて判断する。

(一)  <証拠>を綜合すると、次の事実が疎明される。

昭和三六年春闘時の三井精機労働組合規約には、組合の機関として大会、代議員会、執行委員会をおき(疎乙第二号証中三井精機労働組合規約第九条)、そのうち大会は組合の最高決議機関として全組合員で構成され(規約第一〇条)、定期大会は年一回、九月に執行委員長が召集し(規約第一一条)、臨時大会は執行委員長が必要と認めたとき又は組合員五分の一以上の要求があつたとき開催され(規約第一二条)ること、代議員会は大会に次ぐ決議機関であり(組合規約第一五条)組合員五〇名に対し一名の割合で選出された代議員及び専任の議長、副議長を以て構成され(組合規約第一六条)、執行委員長が必要と認めたとき及び代議員三分の一以上の要求があつたとき執行委員長が召集する(組合規約第一七条)こと、そして執行委員会は、大会及び代議員会の決議を執行する執行機関であつて、執行委員長、副執行委員長、書記長、執行委員で構成し、(組合規約第一九条)召集は執行委員長が随時行うこと、がそれぞれ定められている。なお執行委員は大体組合員二五〇名に一名の割合で選出される(疎乙第二号証中選挙規程第一七条)。又被申請人会社には本社、東京工場、桶川工場と三つの事業所があり互いに遠隔なところにあるため、組合規約第一〇条に大会を各事業所単位に開催すること及び組合員二〇名に一名の割合で選出した大会代議員をもつて(大会を)行うことができる旨規定し、組合規約第一六条には代議員会も事業所単位に開催することができる旨規定している。そして、通常本社及び東京工場をあわせた東京地区と桶川工場単位の桶川地区とに分れて大会又は代議員を開くのを例とするが、その場合にも普通は日時及び議題、評決の方法等すべて両地区統一して行われ又執行委員会は東京地区選出の執行委員も桶川地区選出の執行委員も一ケ所に集つて開催し、各地区別々に開かれることはない。

申請人提出援用にかかる疎明中以上に反する部分はいずれも採用しない。

≪証拠≫によれば副執行委員長名で東京工場長宛昭和三二年三月二六日に東京地区としては昼夜交替制実施について期間を三月二五日夜より一週間に協議した旨の通告(疎甲五号)と、昭和三二年九月二日附第三号恒温室の換気装置について改善して貰いたい旨(疎甲六号)、昭和三二年六月一九日附組合事務所に非常口を設置して貰いたい旨(疎甲七号)各要望及び昭和三四年一一月一八日闘争代議員会を開催する旨(これは副闘争委員長名で)(疎甲八号)、昭和三四年一一月一八日合同職場常会を開催する旨(これも副闘争委員長名で)(疎甲九号)、昭和三四年一一月一九日残業拒否をする旨(これも副闘争委員長名で)(疎甲一〇号)、昭和三五年三月四日代議員会を開催する旨(疎甲一一号)、昭和三五年五月一六日代議員会を開催する旨(疎甲一二号)、昭和三五年五月二三日代議員会を開催する旨(疎甲一三号)、昭和三五年一二月二七日附で二交替者の仕事初め等に関する交渉事項について(疎甲一九号)、昭和三六年三月二日附代議員会開催について(疎甲二〇号)の各通告と又昭和三五年一二月二三日附で会社よりの申入れに対する回答(疎甲一八号)をなし、被申請人会社東京工場長と三井精機労働組合副執行委員長との間に昭和三五年七月六日と同年九月一日に時間外勤務に関する協定(疎甲一四、一五号証)と二交替勤務制に関する協定(疎甲二一号)を、昭和三六年三月二〇日附二交替制に関する交渉(疎甲二二号証)をなし、それぞれ協定書覚書を作成し、昭和三五年九月一日附被申請人会社東京工場長と三井精機労働組合副執行委員長の連名の大田労働基準監督署長宛時間外労働休日労働に関する協定の届出をなし(疎甲一六号証)、更に副闘争委員長名で東京工場宛外来者入門許可願いの要望(疎甲第二六号証)をなしたほか昭和三六年七月以降も副委員長と東京工場長で独自に協定等なしていることが疎明される。

(三)  しかし、以上の通告、要望、協定等は全て東京工場に特有な事項であつて、しかも<証拠>によればこれら職場に特有な事項、東京工場独自の細かい問題又は東京工場長とか東京工場に勤務する労務担当の課長の権限に委ねられている事項については、三井精機労働組合がこれを東京地区と東京工場との直接交渉にまかせていることが疎明されるから、右通告、要望、協定が東京地区と東京工場間に行われたからといつて、それだけで東京地区がいかなる事項についても申請会社との間で独立して団体交渉をなし得べき労働者集団たる実態をそなえていたと速断することはできない。

(四)  むしろ、右東京地区に独自の規約が存することが認められない本件においては、前認定の諸事実をそう合考察して、三井精機労働組合とその「東京地区」との関係は、連合体たる労働組合と単位組合との関係ではなく、後者は単一組合である前者の一部であつて、単に前者から東京地区だけに関係する事項に関し当該事項につき被申請会社から一定権限の委譲を受けた東京工場長を相手方として団体交渉、協定締結等をすることを認められているにすぎないものと認めるのが相当である。

(四)  従つて、被申請人会社と交渉すべき組合員全般に関する事項につき大会、代議員会が規約にもとづき事業所ごとに開催されたとしても、それは東京地区独自の又は桶川地区独自の大会代議員会ではなく、三井精機労働組合の大会又は代議員会が便宜二ケ所で開かれたにすぎず、右二ケ所における議事の結果が規約の定めるところに従い右組合大会又は代議員会のそれと見なされるにすぎないと解すべきである。

五、そこで、東京地区における前記昭和三六年六月一〇日より同月一五日までの争議継続の当否を考えるに<証拠>、によれば三井精機労働組合執行委員会は同年四月二七日被申請人会社に対し闘争宣言を発すると同時に組合大会を開き、その大会において執行委員会に妥結権を含まないところの一切の指令権を委譲してほしい旨提案し指令に関する一切の権限の委譲を受け、前記第二の一の(一)記載の如き経過を辿つて六月八日の無期限全面ストを指令をするに至つたのであるが、被申請人会社と六月九日から一〇日の早朝にかけて徹夜団交の末、会社の最終回答について執行委員会としては一応これを了承することとなり、指令一七号を発して組合として一番出血の多い全面ストのみを同日午前八時以降解除する旨指令し(最終的な調印をしないうちは闘争状態にあるということから残業拒否等は残した。)、右会社最終回答を受諾するか否かを議題として執行委員長名で臨時大会を召集し、東京地区については執行委員会の決定にもとづき午後四時に大会が成立するよう召集手続をとるべきことを東京地区の副委員長佐藤利男に指示をしたこと、右指令に従い桶川地区では事務所ごとの大会が開かれたが、東京地区では前記認定のように申請人佐藤をはじめとする東京地区選出の代議員が本社を除く東京工場に勤務する組合員だけを同工場に参集させて、右代議員らの協議決定にかかる「ストライキ続行」の方針につき賛成の決議をした上就労しないまま解散させたに止まり、前記召集指示にもとづく東京地区の大会は遂に開かれなかつたことが疎明されるのであつて、以上の事実は、(イ)<証拠>によつて認められる同組合規約第一三条に「争議を行う場合は、大会において直接無記名投票を行い全組合員の過半数の賛成をもつて定める」と明記されている事実及び(ロ)前記無期限全面ストの原因となつた前記の各団交事項はいずれも組合員全般に関する事項であつて組合自体が被申請人会社と交渉すべき筋合のものであること(このことを申請人ら東京地区代議員らも、前記「ストライキ続行」賛成決議をした組合員らも認識していたことは、彼等が東京地区として被申請人会社に対し独自の交渉をしようとはせず、組合が更に交渉を進めることを要望していたに止まることから推測できる。)を参酌して考えると、昭和三六年六月一〇日より一五日迄行われた東京工場に勤務する組合員による前記ストライキ続行行為は前記全面スト解除指令に違反する点において組合の統制に正面から違反する争議であつて正当な争議行為にはあたらないことが明らかである。

六、そうして、申請人が右のような組合の指令に反する右争議行為に参加したことは労働組合法第七条に規定する正当な組合活動に該当するものとは認め難いのみならず、その参加のしかたが、前認定のとおり東京地区選出代議員の一人として東京地区における争議続行に関する右代議員らの協議決定に加わり、東京工場組合員らの前記決議にもとづき自ら東京地区代表と称して桶川工場に赴き執行委員長に対し「執行部のスト解除指令には従えない。」と宣言し、桶川地区大会に列席して前記のような発言をするなど、単に積極的というに止まらず、むしろ指導的の立場からするものであつたことに鑑みれば、被申請人会社が右争議行為に参加した者のうちから、特に申請人だけを右争議行為参加の理由によつて解雇しても、これをもつて不当労働行為ということはできない。

七、そうであるとすれば、右解雇が不当労働行為として無効であることを前提とする申請人佐藤の申請は、その前提において失当であつて排斥を免れない。

第三申請人渋谷の申請について。<省略>

第四結論

よつて本件申請人佐藤康郎の仮処分申請は失当としてこれを棄却し、申請人渋谷要の仮処分申請は正当としてこれを認容すべく、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(川添利起 園部秀信 西村四郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例